Mayu’s blog

どこにでもいる平凡な20代女のつぶやき

今日の日記

13時に起きる。大豆シリアルとみかんを食べる。猫トイレの掃除をする。リコがカーテンに付けたうんちの処理。どうやらお尻にうんちを付けて回るタイプらしい。人間の衣類の洗濯。

そういえば、お仕事が決まりました。もう無職じゃないよ。これで少しは生活が楽になるはず。経済的に。


小説が書きたい小説が書きたい。1本書き上げることができれば、この衝動も収まるはず。その時間がなかなか取れない。今はスマホにダウンロードしたWordでちょこちょこと書いている。それでも心が落ち着くけど、もっとまとまった時間でうわっと書きたいなぁ。

今日の読書

今日の読書

沼田真佑「影裏」

誰にも思い出されることのない人の死が、書かれている。震災で数多くの人が亡くなったが、「影裏」に出てくる日浅のような人物は、主人公がいなかったら、誰にもその行方を案じられることがない。父親に勘当され、恋人も近しい友人もいない。捜索願いも出されないので行方不明者としてもカウントされないのだろう。そんな人がどれくらいいたのだろう。光の当たらない、まさにタイトルの通り影の部分から見た震災の記憶。

滝口悠生「高架線」を読んだ

  一棟のボロアパート。同じ部屋に別々の時期に住んでいた男性たちを取り巻く物語。「群像」2017年3月号掲載のものを読んだ。

  登場人物4〜5人が、証言のような形で自分の人生や他の住人について語っていく。それぞれ「七見歩です」などと冒頭で自己紹介をし語り始めるのが特徴的。ということで「証言」と表現した。

  一見正体不明で少しあやしかった最後の証言者「日暮」は、アパートの大家である老夫婦の妻が前の夫との間に産んだ子どもであった。産まれて間もなく、別の夫妻に養子として引き取られた。彼はこのアパートの当時の住人であった別の証言者、「茶太郎」から話を聞いている。が、茶太郎に大家との関係は明かさない。

  どうしようということもなく、ただただ茶太郎の話を聞く日暮。失恋の話や、隣人の男性に紹介されて観た映画のあらすじ。自身も産まれて少しの間育ったあの部屋で、その後あらゆる人が住み、それぞれの人生があった。

  最後に産みの母である大家の妻と会話をするシーンがある。ぼろアパートが取り壊される日だ。といっても、どのような会話をしたのか読者にはわからない。また別の証言者である日暮の妻からの視点でそのシーンは語られる。

  同じアパートの同じ部屋に住んでいた人々の人生が少しづつ重なり、ゆるくつながっている。とりとめのない話の中にも重要な要素が含まれている。事実、茶太郎の隣人とは大家の息子、日暮の兄であった。

  一言で表現すると、穏やかな小説だった。

もうすぐ1年

もう年末ですね。去年の12月から夫と二人暮らしを始めたので、あれからもう約1年。早いね。夫のおかげで少し自分の殻を破れたような気がします。これからも、2人で外の世界と関わっていきたい。

noteとはてなブログの使い分け

noteとはてなブログをどう使い分けようか悩んでおります。

noteの方が、ぱっと浮かんだアイデアを書き留めておくのに向いている気がします。投稿の仕方もシンプルだし、あとで読み返しやすいので。ということで創作用かな?

こちらはやはり、猫ちゃんたちの日々の成長日記でしょうか?それから、書き留めておきたい出来事、食べておいしかった物や観て面白かった映画など…にも向いてるかな。言わば、普通の日記という感じですね。

不思議なことにこうして書いていると使い分け方がなんとなくわかってきました。イイネ。